渋谷で引きこもってる社長です

株式会社Chotchy代表取締役 / エンジニア

みんながもっと「インターネット」を愛せば、世界から戦争をなくせるかもしれない

 

インターネットの力って偉大だと思うんですよ。だって、いままでは目の前の人としか会話できなかったのに、少なくとも"電話番号"っていうシリアルコードをゲットしないとその人と会話することができなかったのに、いまでは瞬間的に「他人」とつながることができるのですよ。

普通に生きていたら出会うことのない人と出会える可能性があって、そっから色んなものが生まれていく可能性があって。

僕なんか高校生の時、掲示板で知り合った人とバンド組んでましたからね。mixiで知り合った人とライブ見に行ったこともありますよ。その人がどんな生活を送って、どんな政治宗教思想であっても僕たちは共通の趣味を見つけて"友達"になれた時代です。いま思えばそんなインターネット無法地帯時代は楽しかったなぁ。

一方でやはり危険な一面もありました。児童買春や暴行事件など悪い話はどんどん増えて広まって。

そんななか、社会はそれを技術ではなく制度で対応しました。

 

最近は僕が好きだったインターネットじゃなくなってきているように思うんですよね。

 

若い子たちはLINEやTwitterで学校の友達と連絡とるじゃないですか。スマホが普及してインターネットとつながる時間が増えるにつれて、リアルとインターネットとの境目があいまいになっていって、学校の延長を家でやるためのツールとしてのインターネットになってしまっているかなと。

インターネットの時空間をぶっ飛ぶような無限に拡大していきそうなあのトリップした感覚を知らないのかもしれません。

 

難しい言い方をすると、インターネットでは私たちは複数アイデンティティを持つことを許されているのです。Twitterの複垢とかもそうですね。ジャニーズが好きな私、同性が好きな私...。

現実世界では抑圧されていた人格がインターネットのなかでは違うアイデンティティとして芽生え、新しい私としてコミュニケーションをとることができる。それがたとえ相手の顔が見えなくても。

アイデンティティ多様性というのは日常のなかではかなり表現しづらいものだと思うのですよ。同じ人と住んでいますし同じ地域に住んでいますから。同じ学校に通って同じ職場に通って。だからこそ、インターネットが活躍するのです。

 

憎しみはアイデンティティの対立から起こることが多いと思います。違う価値観、違う信条。価値観を受け入れるとか認めるってのはすごく難しいですし、できなくてもしょうがないと思うのです。ただ、対立する価値観を探すのではなく、共通項を探す営みの方がいいのではないでしょうか。

 

たとえ敵国だとしても一緒にスプラトゥーンをやった人をぶっ殺してやる、って思うかなっと。